その次の世界へ 魂の旅

目には見えない世界についてのメモ

とてもつらい経験がもたらすもの

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それがもたらすものはトラウマに限らない

生きていれば、誰でも多かれ少なかれつらい状況に陥ることもあると思うのですが、長い人生の中において、実はその経験の殆どのことが後から必ず役に立っていることがあると思うのです。個人的にも、そして、私の周囲にいる長い付き合いの人たちの状況などを見ていてもそう思うのですが、特にこの10年くらい前からそう思うようになり、年齢を経ていく中でふと振り返ってみると合点が行くことが多いことに気がつきました。さらに言えば、このことはスピリチュアルな領域から見ても合点が行くことが多いのです。おそらく、多くの人は「つらかった経験」「イヤな経験」が後から自分のためになっているなどとは思いもしないのかもしれませんし、そこに気づくこともないのかもしれませんが、それが特に大ごとだったり、自分の意思や行動とは全く関係ないところから降って来たかのような試練やつらい状況であればあるほど、もしかしたら「それが実は自分のためになっていた」ということに後になってから気づいたり、発見しやすいのかもしれません。それも、人生の後半になってからそのようなつらさや試練を経験するよりも、人生の前半に思いがけずとても大変な状況下で過ごさなければならなかった人のほうが、人生の後半に入る前後あたりから、それらがいかに自分の糧になっているかということを身にしみて発見しやすいのではないかと思います。もちろん、時期や年齢に限らずいつでも「大変な状況の中で過ごしたことから気づきを得ることが出来る人」もいるので一概には言えませんが。

今だから気づけるもの

よく、ブログや書籍などで自分の人生に於ける苦労話や試練話を武勇伝(または客寄せのためなのかしら???)のように取り上げている人を見かけますが、私はやっぱりそのような事を書きたいとは思いません。しかしながら、私の場合は人生の前半に「これでもか!」というほど、濃縮型と言っても良いほど苦労が連続しているような時間の中で過ごしていました。そのような苦労の連続は、6歳ごろから30歳になるまで続きました。その、ほんの一部だけを書くと、24歳のとある日、突然4000万円のアカの他人の借金が親経由で私自身に降って来たり、これと同じように親関連で500万円程度のお金を請求されたことは20代で3度ほどありました。もちろん、そんなものは法の知恵を使って一銭も支払いませんでしたし、ありがたいことに、本当に本当に窮地に陥った時にどういうわけか知恵を授けてくれる人が現れるのです。(しかしながら、行動自体は自分でしなければなりませんでしたが・・・)私の家は祖父の代から経営者が多い家系で、祖父は一代で会社を大きく成長させた人でしたが、父と母は都会の御坊ちゃま育ち、お嬢様育ちであり、ともに人が良過ぎました。自分の親をこう言うのもなんですが、頭脳派なのにお人好し過ぎて人にだまされてばかりで、そのために色々なものを失いました。新たにスタートを切って軌道に乗っても、再びおかしな人にだまされてしまうのでした。私が高校生になったあたりから、私は両親それぞれが「何故こんな変な人たちばかりと付き合っているのだろう」と不思議に思い、よく母に「ねえママ、あのオバサン(母の仕事付き合いの人)と取引するのやめたら?あの人何か(エネルギーが)変だよ。」などと余計な口出しをしていたものです(笑)物心ついた頃から、私の家(祖父の会社が1〜2階にあった)に来ていた祖父の会社の従業員の方々や、父が経営する不動産会社や、母のベビーシッター会社に関わる人々や従業員の方々のエネルギーをずっと無意識に見つづけていて、ずる賢く利己的に行動する人や、損得勘定だけで人に取り入ったり、近寄って来る人(←こういう人、今でも大嫌いだよ 笑)あまり良いとは言えない感じのものを持っている人や、だまそうとしている人をすぐに判別したり、逆に「この人は信頼出来る」という人を判別する直感が育ったのは、このような環境にいたからかもしれません。また、現在はセッションにお越しになるお客様に経営者の方が多く、会社のマネジメントについて色々とご相談をいただく時に、過去の私の体験から何かしら使えているものがあるのかもしれない、と感じる事もよくあります。組織を牽引して行き、着実に利益を出して行くためには、理論だけでは上手く行かない事もあります。意外にも、そこに集まる人々の意識のエネルギー状態が会社全体のエネルギーフィールド(磁場)を形作ってしまうため、会社の利益に影響が出る事も多いのです。(もちろん、理論と組み合わせるのがベストだと思いますが。)このようなところを経営者の方が調整して行けるようにお手伝いさせていただいておりますが、ざっくり言うと、これは私の両親が何度も何度も「他人による影響」により会社を傾けてしまったからこそ、私は学ぶ事が出来たのだと思いますし、自分自身のプライベートや仕事にも役に立っていると思います。

ワンクッション置かれていた幸い?

今書いた事はほんの一部なので、書こうと思えばまだまだ色々ありますが書きません。だって私の人生は見せ物ではありませんのでね(笑)世の中にはドラマ好きな人というのもいて、私はそのような人々の好奇心を満たす義務も無いと思っています。(相変わらずな書き方、表現の仕方でごめんなさいね。でも、いつもこんな感じであるという事をご承知おき下さいませね。)しかしながら、それを全て知っている友人などは「こう言ってしまったら失礼だけど、まるで映画や小説のストーリーのように波瀾万丈だね。」と、みんな口を揃えて言います。これ以上の事はもう起きないと思います。また、そのお陰で何があっても動じずにいられるようになりました。それくらい大変な状況でしたし、理不尽だと思うような事をたくさん経験しました。(もちろん窮地に陥った時に助けてくれた人々の優しさや、ずっと励まし続けてくれた人々の暖かさにもたくさん触れて来ました。)人生の折り返し点を何年か過ぎた今思えば、それらはすべて私の糧になっていると思います。時々、私のセッションをお受け下さるお客様の中に、とてもつらい経験をされた方々をお見かけしますが、それらの経験は何かしらご自分の糧になっていると思われます。どんなに理不尽だと思えるようなことでもです。是非そこに気づいて下さい。親がらみで降り掛かって来たことで苦労をしたりすると、多くの人が「私は何も悪くないのに、なんで私がこんな目に合わないとならないのよ」と思うかもしれません。子供の頃は私もよくそう思いましたし、20代が終わりを迎えるまでそう思っていました。しかし、今では「私が直接引き起こした出来事ではなかったことにより、少しばかりは距離があり、客観的に、そして適切に学ぶ事が出来たのではないかな?」と思うのです。両親は他界して18年&22年ですので、今さら何かを言葉で伝える事は出来ませんが、そのように考えると両親には感謝の念が涌き上がって来ますね。この続きはまた今度にします。

 
今日もたくさんの応援を有難う御座います!
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